2歳3歳の子育ては大変

1才代になると、落としたものをお母さんに拾ってもらったり、ビスケットをさしてアーアーと声を出したときに「マンマね」と言ってもらったりすることで、は「自分にこたえてくれる他者」を認識し始めます。言いかえれば、これはやりとりをしているというより、一つの物を媒介にして、「他人にこたえてもらう自分」を確認しているのです。そして、徐々に相手とは違う存在として自分がここにいるんだということがわかってくるのです。これが最初の自我の芽生えと言えるでしょう。

1才2カ月ころには、自分の名前を呼ばれるとそれに応じますし、眠っている間にほおに口紅をつけておき、起きてから鏡の前に連れていくと、鏡ではなく、ちゃんと自分のほおにさわろうとします。もうすでに、鏡に映っているのが自分なのだとわかっているんですね。
1才6カ月ころには、自分の靴や帽子、着るものなどを、ほかの人のものと区別できるという研究結果もあります。確かに、1才後半から2才にかけて、「お父さんのお茶わん」「お母さんの箸」「私のスプーン」などといった区別ができるようになります。

逆にほかの人がそれを使おうとすると、怒ったりすることもしばしばあります。この時期は、「だれそれのもの」という所有感覚で自分を意識するところが大きいのです。「ハイ、○○ちゃんのスプーンね」と、いつも同じものを与えてくれる人がいる安心感、同じものを使うことで得られる安心感、これは自分がわかっていく過程で、これもたいせつなことと言えるでしょう。

2才代になると、物には名前があることがわかってきて、なんでも手当たりしだいにさして、「これなあに?」と聞くようになります。いわゆる質問期です。同じことを何べんでも、毎日でも聞いてきます。
これは、実は物の名前がわからないから聞いているのではなくて、答えてくれる人との関係を確認したいために聞いているんですね。物にこだわっているわけではないのです。

たとえば私の長女が2才のとき、私はいたずらをして、いつもはちゃんと「スリッパよ」と答えるところを、「これはエプロンよ」と言ってみました。すると娘は見る見るうちに顔に不安の色を浮かべ、ワーッと泣きだしたのです。いつもと違う答えに混乱したと同時に、お母さんという私の存在そのものに不安を感じたのでしょう。あわてて、「ああ、ごめんなさい。これはスリッパね」と言い直したら、安心して笑顔を見せてくれました。

1〜2才代の子どもたちが欲しているのは、実際にあるものというより、あくまでも人との関係です。ごく親しい特定の人(多くの場合、お母さん)との安定した関係を基礎にして、自分は働きかければこたえてもらえる存在なんだという感じ有能感を確認するのです。そして、たいせつにされている、守ってくれる人がいるということを確認しつつ、毎日の生活の中で自分の居場所がやっとわかっくるのです。

自我意識が芽生えるにつれ、子どもはそうやって発見した自分に何ができるのか、どんどん試してみたくなります。特に歩行がしっかりしてくる1才半くらいにはこうした欲求が強くなり、なんでも大人と同じようにしたがりますね。掃除や炊事の時間に手を出してきたり、まとわりついたりする場面もふえ、お母さんはこれでまたカリカリしてしまうようですが、子どもはこうした体験を通して自分に対する認識をさらに深めているのですから、頭ごなしにしからないように気をつけたいですね。やがて2〜3才になると、一般に第一次反抗期と呼ばれる時期がやってきます。なんでもかんでも「イヤッ」と言うようになります。

でもこれも、大人の言うことに反抗したいわけではありません。自分でしたいこと、してほしくないことはだんだんわかってきたのに、それをうまく言葉で伝えられないので、つい「イヤッ」という簡単な表現を使ってしまうんですね。自分がこうしたいと思ったのに、うまくできなくてキーキー言ったり、泣いたり。

これも、子どもが自分の主張をうまく伝えられず、もどかしいと思っているサインです。お母さんとしては、ますます扱いにくいと感じる年ごろですが、子どもの発達の一つの過程としてとらえてあげることが大事でしょう。

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