葉酸サプリならララリパブリックがおすすめです

女性の健康にとって大事な栄養素は様々なものがありますが、特に妊活中や妊娠中に必要な栄養素としては葉酸が大事だとされています。そのために葉酸サプリなどが今日では多くのものが出ていますが、実際に妊娠中は悪阻などのことを考えると食事から摂取するのが難しくなるので、この辺の葉酸サプリメントが売れているというわけなのでしょう。

さて葉酸サプリメントには数多くの商品が出ているのですが、今回おすすめするものとしてはララリパブリックというものがあります。ララリパブリックはここ最近で売られ始めた葉酸サプリメントであり、公式ホームページを見てみると非常にシンプルなものであり、他のサイトと比べるとちょっと物足りなく思えるかもしれません。

ですが葉酸サプリメントとしてはしっかりと考えられているものであり、葉酸はもちろんのこと成分としては様々な植物成分を使っているのでとても好感が持てます。これらの成分はすべて国産の野菜を使っており、大麦若葉・ケール・さつまいも・ほうれん草・南瓜・にんじん・桑の葉・大葉など健康面にとても配慮しているのが良いですね。実際に妊娠中は食事感覚が大きく変化するので、これらの食品をサプリメントで摂取できるのならば有り難いという口コミもあります。

さてこのララリパブリックなのですが、実際に届いたケースもまたシンプルな感じとなっています。錠剤は一日に4錠で、これによって葉酸・鉄分・カルシウム・ビタミンミネラルなどが多く取れるのですが、実際に臭いが結構あるというのが口コミでも寄せられているので、その辺は注意した方が良いかもしれません。そして肝心の値段なのですが定期コースがありまして、これを使うことによって2980円というとてもお得に買うことができます。

この辺の値段は葉酸サプリメントでもかなり安いのでお試しとして買ってみるのもいいでしょう。解約に関してはいつでも可能となっているのもあり、葉酸サプリメントを初めて買ってみようと思っている人にララリパブリックはおすすめです。

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子供への期待が育児ストレスを産む

お母さんが「わが子にイライラする」というとき、そこには「子どもが自分の都合どおり、予定どおりに動いてくれない」「子どもが自分の期待にこたえてくれない」という心理が働いてはいないでしょうか。

たとえば、「やることがのろい」子や「内気」な子は概してマイナスに評価されがちです。むろん、これもその子の個性として見守ってやりたいところですが、親の立場になると、なかなか認めがたいようです。そこには、「こういう子であってほしい」という、親の子どもに対する期待が大きく作用しているからですね。特にいま、子どもは「健康で、活発で、意欲と自主性がある子」がいいとされ、育児雑誌でも、そうした子に育てるにはどうしたらいいのか、という情報があふれています。自分の子どもがたまたまこうした範濤に入らない子どもだったりすると、それゆえに子どもがかわいくないと思ったり、毎日イライラしてしまう……。そんな面はないでしょうか。

赤ちゃん時代は、お母さんが育児についての自信を獲得したり、赤ちゃんとのいい関係を結んでいくために、赤ちゃん自身の「反応のあらわれやすさ」が一つのポイントになっていました。これを幼児期には、「期待にこたえてくれるか、くれないか」と読みかえていくことができます。自分の言うことをすなおに聞き、実行してくれる子は受け入れやすいけれど、聞き分けがない子は扱いにくいし、愛情が持ちにくい、さらには育児そのものがいやになる。:…。お母さんの心には、実はこんな心理もひそんでいると思われます。

期待の大きい長女の子育ては楽しめない

こうした傾向は、とりわけ長子に対してよく見られます。
お母さんたち自身がよくご存じのように、最初の子は何もわからないだけに、期待も大きくなりがちです。「いい子に育てたい」「こんな子に育ってほしい」という思いは強く、それだけに「期待にこたえてくれない」と感じたときの親のいら立ちはまた大きくなってしまいますね。言いたくないと思いながらも、「早くしなさい」「もっと○○しなさい」などと大声を張り上げることもしばしば。特にしつけ熱心なお母さんほど、こうして子どもが期待どおりに動かないとイライラする傾向が強いようです。

実際、お母さんに話を聞くと、「最初の子はゆとりがなくて、かわいいというよりも、たいへんだとい産フ思いのほうが強かった」「育児を楽しめなかった」などの声がよく聞かれます。中には「いつも宿題に追われているような気分で、抱いていても、かわいいなぁという感情にゆっくりひたっていられなかった」という声までありました。

「理想の育児」「理想の子ども」という思い込みが強すぎると、育児そのものが楽しくなくなる危険はとても大きいと言わざるをえないのです。

自分の子供の性格がすきになれない!母親失格?

「自分の子どもなのにどうしてもかわいく思えなどというお母さんも中にはいます。自我が芽生えるにつれて、よりはっきりしてきた子どもの個性が、どうも自分の描いていたものと違う、望んだものと違うという感じなのでしょうか。

「おとなしすぎる」「気むずかしい」「神経質」「鈍い」「扱いにくい」「うるさい」「落ち着きがない」「いたずら」など、わが子の性格にいろいろな不満や不安をいだいて、つい、口うるさくしかったり、その結果、自己嫌悪に陥ることも多くあります。また、「こんな性格で幼稚園に入ったときだいじょうぶかしら?」とか、「社会に出てやっていけるかしら?」と将来気にかけ、そのため、思いどおりにならない子にことさらイライラするということもありますね。逆によその子どもを見て、「こんなに聞き分けがよければ、私だって毎日笑顔でいられるわ」とか、「私だってこんなにしからなくてすむのに」と思うことだってあるでしょう。

しかし、性格というのは見方によって評価が異なります。たとえばお母さんは、「おとなしすぎる」ことを心配しますが、こニフ言われる子には、「やさしい」とか「思いやりがある」という別の面もあると思います。引っ込み思案で人見知りする子も、裏返せば「慎重」だったり、「内省力がある」と見ることもできます。逆に元気で積極的な子は、目立ちたがりだったり、人に対する繊細さに欠けているということだってあるかもしれません。つまり、性格には絶対的に「よい」も「悪い」もないのです。

性格の良い所を認めてあげる

赤ちゃん時代でも、「反応の読みとりやすさ」は、お母さん自身の感受性が大きく関係しているとお話ししましたが、性格についても、同じことが言えるのではないでしょうか。つまり子どもの性格をどう評価するかは、親の受けとり方にもよるということです。

たとえば、おっとりタイプの親ですと、「活発な子」が「乱暴」に見えることもあるでしょうし、反対に活発な親なら、「おとなしくて慎重な子」が「消極的」だったり、「頼りなく」見えるかもしれません。親に限らず、幼稚園や保育所でも、担当の先生によって子どもの評価が変わることはままあります。ここにも、「相性」や見方、受けとり方の問題が大きくかかわっています。

もちろん、幼稚園などでは、そうしたことがあっても多少はしかたがないですし、親子とはいえ、相性が合わないということは十分あります。でも、親は子どもにとってやはりいちぱん身近な存在なのですから、ことさらにわが子の性格の悪い面だけを見てしまうというのはどうでしょうか。

ましてわが子とはいえ、相手は自分とは別の人格を持つ存在です。そのあたりはきちんと線を引き、よいところはよいと認めてあげたいものですね。親にとって大事なのは、「だめだ」とか「嫌い」という面に焦点を当てるのではなく、持って生まれた気質をいいほうに解釈し、それを伸ばしてあげることだと思います。

我が子の気質に惚れる

一般的に、現代のお母さんは、「きれいで」「積極的で」「利発で」「聞き分けがいい」、そんな子どもを求めているような気がします。特に初めての子には期待が大きいですし、そうした気持ちはわからないでもありませんが、期待しすぎたり、不当な期待をいだくことは子どもに負担となります。まして、そうした理想と現実のギャップから生まれるイライラを子どもにぶつけていたのでは、子どもも救われません。その意味で、お父さん、お母さんにすすめたいのは、「わが子にほれる」ということです。いわば、「親バカのすすめ」ですね。親だからこそ自分の子どもにもほれられるのですし、人はだれしも、自分のよい面を見てくれる人には親近感と愛情を感じます。

毎日のようにわが子を「ぐずぐずしている」とか「落ち着きがない」などの理由でしかっているお母さんは、子どもをことさらにマイナス評価したり、思いどおりに動かそうとしていないかを反省してみましょう。しかられてばかりでは、子どもの心も安定しませんし、結果的に子どもはしょっちゅう泣くし、自分もイライラするしの悪循環になってしまいます。まず、その悪循環を断ち切ることが大事ですね。

赤ちゃん時代と同様イライラの原因がどこにあるのか、客観的に分析する目が必要です。子どもの性格や、その子なりの表現をきちんと受け止めているか、さらにお母さん自身の性格はどうかなど、いま一度ふり返ってみましょう。

2歳3歳の子育ては大変

1才代になると、落としたものをお母さんに拾ってもらったり、ビスケットをさしてアーアーと声を出したときに「マンマね」と言ってもらったりすることで、は「自分にこたえてくれる他者」を認識し始めます。言いかえれば、これはやりとりをしているというより、一つの物を媒介にして、「他人にこたえてもらう自分」を確認しているのです。そして、徐々に相手とは違う存在として自分がここにいるんだということがわかってくるのです。これが最初の自我の芽生えと言えるでしょう。

1才2カ月ころには、自分の名前を呼ばれるとそれに応じますし、眠っている間にほおに口紅をつけておき、起きてから鏡の前に連れていくと、鏡ではなく、ちゃんと自分のほおにさわろうとします。もうすでに、鏡に映っているのが自分なのだとわかっているんですね。
1才6カ月ころには、自分の靴や帽子、着るものなどを、ほかの人のものと区別できるという研究結果もあります。確かに、1才後半から2才にかけて、「お父さんのお茶わん」「お母さんの箸」「私のスプーン」などといった区別ができるようになります。

逆にほかの人がそれを使おうとすると、怒ったりすることもしばしばあります。この時期は、「だれそれのもの」という所有感覚で自分を意識するところが大きいのです。「ハイ、○○ちゃんのスプーンね」と、いつも同じものを与えてくれる人がいる安心感、同じものを使うことで得られる安心感、これは自分がわかっていく過程で、これもたいせつなことと言えるでしょう。

2才代になると、物には名前があることがわかってきて、なんでも手当たりしだいにさして、「これなあに?」と聞くようになります。いわゆる質問期です。同じことを何べんでも、毎日でも聞いてきます。
これは、実は物の名前がわからないから聞いているのではなくて、答えてくれる人との関係を確認したいために聞いているんですね。物にこだわっているわけではないのです。

たとえば私の長女が2才のとき、私はいたずらをして、いつもはちゃんと「スリッパよ」と答えるところを、「これはエプロンよ」と言ってみました。すると娘は見る見るうちに顔に不安の色を浮かべ、ワーッと泣きだしたのです。いつもと違う答えに混乱したと同時に、お母さんという私の存在そのものに不安を感じたのでしょう。あわてて、「ああ、ごめんなさい。これはスリッパね」と言い直したら、安心して笑顔を見せてくれました。

1〜2才代の子どもたちが欲しているのは、実際にあるものというより、あくまでも人との関係です。ごく親しい特定の人(多くの場合、お母さん)との安定した関係を基礎にして、自分は働きかければこたえてもらえる存在なんだという感じ有能感を確認するのです。そして、たいせつにされている、守ってくれる人がいるということを確認しつつ、毎日の生活の中で自分の居場所がやっとわかっくるのです。

自我意識が芽生えるにつれ、子どもはそうやって発見した自分に何ができるのか、どんどん試してみたくなります。特に歩行がしっかりしてくる1才半くらいにはこうした欲求が強くなり、なんでも大人と同じようにしたがりますね。掃除や炊事の時間に手を出してきたり、まとわりついたりする場面もふえ、お母さんはこれでまたカリカリしてしまうようですが、子どもはこうした体験を通して自分に対する認識をさらに深めているのですから、頭ごなしにしからないように気をつけたいですね。やがて2〜3才になると、一般に第一次反抗期と呼ばれる時期がやってきます。なんでもかんでも「イヤッ」と言うようになります。

でもこれも、大人の言うことに反抗したいわけではありません。自分でしたいこと、してほしくないことはだんだんわかってきたのに、それをうまく言葉で伝えられないので、つい「イヤッ」という簡単な表現を使ってしまうんですね。自分がこうしたいと思ったのに、うまくできなくてキーキー言ったり、泣いたり。

これも、子どもが自分の主張をうまく伝えられず、もどかしいと思っているサインです。お母さんとしては、ますます扱いにくいと感じる年ごろですが、子どもの発達の一つの過程としてとらえてあげることが大事でしょう。